2014年 06月 17日

戦争の違和感


今になって、戦争に関連することを考えるようになりました。
昭和20年、北九州の上空は視界が悪く、原爆低下、長崎に目的は変更され、歯科も忘れもしないその前日、B29の大幅体による空襲で八幡は焼け野が原になっていそうです。

私の知り合いが勤務する国民学校飲ま下で、空襲警報が鳴り響くと、みんな防空頭巾をかぶり、防空壕に駆け込んでいったそうです。葉入口は大きく開き、多くの人が奥へ奥へと入っていったに違いありません。

学校を守る教育院は焼夷弾を消そうと働いていた、でも雨あられのごとく落ちてくる周囲団には承知無し、お香しゃも体育館も全焼、くすぶる中を合の入り口までどうしてタダリ着いたかわからない状態だったそうです。

数日後、涙なしに言葉にならない、先祖と家族に感謝し、戦争で犠牲になった方々の共養を忘れてはならないはず。
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by watasinokodawari | 2014-06-17 14:27


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